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ネヴィル・ゴダード「はしごの実験」のやり方と意味|エルマーの証言から読み解く

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「夜にはしごを登る場面を想像し、昼は『絶対に登らない』と宣言する」。これはネヴィル・ゴダードの教えの中でも、特に風変わりな練習です。望んでいることを想像するのに、なぜ同時に否定するのでしょうか。そして、実際には何が起きたのでしょうか。

この実験を理解するには、手順だけでなく、ネヴィルの講義へ出かけた男性の置かれた状況と、その後の人生まで見る必要があります。

目次

懐疑的な青年が講義へ向かった理由

エルマー・O・ロッカー・ジュニアは、ネヴィルの教えを直接聞いた人物として知られています。彼自身の証言によれば、当時は病気で何度も苦しみ、経済的にも困窮していました。以前付き合っていた女性から、ロサンゼルスのウィルシャー・エベル劇場で開かれるネヴィルの講義へ出かけるよう勧められます。

彼は熱心な信奉者として参加したのではありません。むしろ、どこで金を要求されるのかを見極めようとしていました。ところがネヴィルは冒頭で、自分に金を渡してはいけない、金を要求するようなら離れるべきだ、という趣旨の話をしたといいます。

続いて語られた「想像力が現実を作る」という主張も、エルマーには信じ難いものでした。そこでネヴィルは、信じる必要はない、実際に試して自分が間違っていることを証明してほしい、としてはしごの練習を提示したといいます。

はしごの実験の手順

夜――自分の手足ではしごを登る

まず目を閉じ、目の前にはしごがあると想像します。想像上の左手を伸ばして側面をつかみ、右手で反対側を握る。左足を段に乗せ、体重を移して身体を押し上げ、右足を次の段へ運びます。

てっぺんまで登ったら、同じように降り、再び登ります。外から自分の姿を見るのではなく、はしごを登っている本人の視点で、つかむ・踏む・体を持ち上げる感触を繰り返すのが要点です。

エルマーの証言では、ふだんとは違う姿勢で寝て、眠りに落ちるまでこの想像を続けるよう指示されたといいます。通常右向きなら左向き、仰向けを避けているなら仰向けにする、といった具体的な指示も語られています。練習は3晩続けるものでした。

別の紹介では約20分間という目安もありますが、基本となるのは時計の数字より、眠りに近づくまで動作の感覚を保つことです。

昼――「私ははしごを登らない」と何度も確認する

昼間は紙に「私ははしごを登らない」と書きます。財布、鏡、冷蔵庫、寝室、ポケットなど、何度も目に入る場所に置きます。紹介では5〜10枚ほどの紙を使う方法が語られます。

夜に登る自分を想像し、日中は登るつもりがないと意思表示する。願望実現の練習としては矛盾していますが、この対比が実験の核心です。

結果を無理に作らない

日中、自分からはしごを探して登れば、実験の意味は薄れてしまいます。紹介されているのは、ふだん通り生活しながら、思いがけず登る状況になるかどうかを見るという話です。

もちろん、危険なはしご作業を試す必要はありません。安全でない行動を求められたら断るべきです。

エルマーがはしごを登った日

エルマーの証言によると、母親から土曜日に来るよう連絡があり、彼はバスでサンタモニカの家へ向かいました。到着すると父親が屋根の上にいて、ペンキのバケツを手渡すよう頼みました。

エルマーはバケツを持ち、はしごを半分ほど登ったところで突然、自分がまさに登っていることに気づいたといいます。毎日「登らない」という言葉を目にして、実際に登るつもりもなかったのに、当たり前のように身体が動いていたというのです。

後年、孫によって語られた紹介では、祖父は三日目に登った、二晩の想像の後で出来事が起きた、という説明もあります。3晩行う指示と、何晩目に結果が出たかという体験談は区別して読む必要があります。

「想像の方が意思より強い」という解釈

ネヴィルがこの実験で示そうとしたと説明されるのは、日中の意識的な拒否と、眠る前に繰り返した想像の対比です。エルマーは否定しようとしながら、現実には登る行動を取った。それを、想像が行動や出来事を動かした証拠と受け止めました。

ただし、エルマーの体験は個人の証言です。偶然の出来事、注意の向き方、日常的な行動の変化など、ほかの説明も考えられます。想像が外部の出来事を必然的に発生させたことが、これだけで証明されたわけではありません。

なぜ否定文を使うのか――三つの説明を区別する

一つは、先ほどの「意識的な拒否と想像の対比」です。これが実験そのものに関わる説明です。

二つ目は、否定文も対象を思い浮かべさせるという説明です。「100ドル札を想像しないでください」と言われると、まずその紙幣が頭に浮かぶことがあります。「私ははしごを登らない」という文も、はしごに注意を向けさせるという考え方です。ただし「潜在意識は否定語を理解できない」という単純な法則が確立しているわけではありません。

三つ目は、結果への無関心が働くという解釈です。ほとんどの人は、はしごを登ること自体に強い執着がありません。夜に想像しても、昼間に結果を何度も確かめたりしない。その気楽さを、お金や人間関係といった大きな願望へ応用できるのではないか、という発想です。

後年の解説では、これらの説明が一つの「NOTテクニック」として語られることがあります。しかし、最初の実験の目的と、後から加えられた心理的・スピリチュアル的な説明を一緒にしない方が理解しやすくなります。

人を助けるためにはしごを登った別の体験

はしごの実験を試した別の語り手は、絶対に登らないと決めていたにもかかわらず、落下しそうな人を助けるため、ほぼ強制的にはしごを登る状況になったと語っています。

本人は「人を助ける必要があれば自分は拒否できない」という性格まで現実に組み込まれた、と解釈しています。ここで分かるのは、同じ実験に対して、別の体験談もあり、語り手はそれぞれに意味を与えているということです。すべての人に同じ経過が生じると確かめられたわけではありません。

エルマーのその後――お金、ダンススタジオ、幸福観

はしごを登った経験を機に、エルマーはネヴィルの教えを本格的に学び始めたと語っています。続く講義では、はしごを登ることと同じように、現金100万ドルを得ることも想像できるという趣旨の話を聞いたといいます。

エルマー自身の証言には、短期間で当時の2万5,000ドル(現在価値で約25万ドルに相当するという説明)を得たという話があります。他方、孫が紹介する動画では、約6週間で25万ドルを得たと語られる箇所もあります。額面と現在価値が混在している可能性があるため、これらを同じ確定した数字として扱うことはできません。

その後はアーサー・マレイのダンススタジオを経営し、モントリオールのスタジオにも関わり、高価なボートなどを所有するようになったと語っています。ただし、どの出来事がどのように実現したかをすべて検証できる資料ではありません。

興味深いのは、エルマーが晩年、お金そのものよりも幸せであることを重視している点です。外側で得たものが多くても幸せでなければ意味がない。自分にないものを数え続けるのではなく、すでにあるものに感謝する。若い頃の執着から離れた自分の変化を、彼は大切に語っています。

また「お金が天井から降ってくるわけではない。何らかの行動や人との関わりを通じてやって来る」という説明も残しています。これは、想像だけして日常生活を放棄するという理解とは異なります。

はしごをお金のイメージングへ変えるとどうなるか

はしごのように身体感覚で具体化できる場面を、お金の問題に転用するとき、紹介されているのがクルーズ船の情景です。

自分が大きな船の上に立ち、家族や友人が近づいてきて、経済的に成功したことを祝福してくれる。船の揺れや風、相手の表情、声、握手の感触まで想像します。お金を数える瞬間より、十分な豊かさをすでに手にしていることが伝わる場面を選んでいます。

この練習は数晩だけのはしご実験とは異なり、約30晩、あるいは場面が自然に感じられるまで続けると説明されています。ここでも期間や成果は紹介者の主張であり、再現性が保証された条件ではありません。

まとめ

はしごの実験は、眠る前に具体的な体験を想像し、日中はそれと反対の意思表示をするという奇妙な練習です。エルマーが実際にはしごを登ってしまったという証言が、有名になったきっかけです。

その後、否定の言葉、無関心、執着、潜在意識などの説明が加わり、さまざまな応用方法が語られるようになりました。これらを一つの法則として無理にまとめるより、実験そのもの・当事者の証言・後年の解釈を分けて理解すると、その面白さも限界も見えてきます。

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この記事を書いた人

使える本物の情報を探す旅をしています。アタマは理系ですが、スピリチュアル的なことや非科学的なことが何故か好きでネットや本で調べています。世界は広く、まだまだ知らないことがたくさんあります。

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