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自愛:エゴによるエゴのためのエゴの愛し方

今日はエゴによるエゴのためのエゴの愛し方について解説していくぞ。
魔理沙、エゴによるエゴのためのエゴの愛し方って何なの。とりあえずエゴの愛し方だと思ってくれればいいぞ。
今日は特別ゲストをお迎えしている。さあ入ってくれ。
こんにちは、エゴ太郎です。
エゴについては過去の動画でも紹介しているから、良かったら見てみてくれ。
今日はエゴの愛し方についてだが、愛する前にやらなくてはいけないことがある。それはエゴの声に気づくことだ。
まずは対象者の存在を明らかにしていかないと、愛しようがないものね。
エゴの声とは何か ― 引き寄せ初心者が陥る罠
エゴの声とは何か。自分にとって不都合な思考もことね。
例えば今、お金持ちになりたいという願望を持っているとする。
毎日アファメーションをしてもイメージングをしても、ちっともお金は入ってこない。せいぜい宝くじが1000円当たったとか、ボーナスが1万円上がったとか、その程度のお金しか入ってこない。今月も借金の返済でいっぱいいっぱいだった。「引き寄せの法則なんて嘘じゃないか。本当にそんなものが存在するなら、今頃世界中のみんながお金持ちになってるはずだ。そうじゃないってことは、潜在意識なんて存在しない証拠じゃないか」。
これが引き寄せ初心者さんがよく陥るエゴの罠だ。そうなのよね、このループからなかなか抜け出せないのよ。
まずエゴの声を見つけてみてくれ。
エゴの声? 「引き寄せの法則なんて嘘」ってところかしら。
答えは全部、全てエゴの声だ。
全てそうなの?
はい、全て私が仕掛けた罠です。
まず、少なくともお給料、当選金、ボーナス、借金返済分のお金は入ってきているのに、「ちっともお金は入ってこない」と認識している。すでにあることに気づいていない。
そうね、どうしても大金以外は「ない」と思ってしまうのよね。小額の収入=ないという認識になってしまうわ。
実はこれも私の罠です。
この場合、ないのはお金じゃないんだ。感謝がないだけなんだ。
そうかもしれないわね。ただ感謝といっても、きれいごとのように感じてしまうのよね。
本当は苦しいのに、無理やり「私は幸せな方」って言い聞かせているような気になってしまうわ。
私も初めの頃はそうだったんだ。感謝を妥協だと勘違いしていた。しかし全然違っていたんだ。それは自分の中に被害者意識が強く存在しているからだ。
感謝を阻む「被害者意識」とそのメリット
被害者意識?
「私はかわいそう」「私は苦労している」「こんなに頑張っているのに、こんなに努力しているのに、こんなに一生懸命なのに報われない」「邪魔される、足を引っ張られる、失敗する、成功しない」「いつもこのパターン」「何で分かってくれないの、何で私を理解してくれないの」「辛い、苦しい、悲しい」とかだな。
被害者意識が強いと感謝ができないの?
そうだな。無意識に被害者意識を持っていたいと願っているから、「ある」ことにも気づきたくない。「ある」ことに気づいたら被害者になれないからな。
結果的に「ない」現実を引き寄せてしまうんだ。だから本当は願いはすでに叶っているんだ。
自分の不幸を願っているって事? そんな人いるのかしら。
もちろん意識的に「私は不幸になりたい」と願っていますと感じている人はいないだろう。これは無意識レベルの話だ。
なんで被害者意識を持っていたいの?
それは被害者意識を持っていることにメリットがあるからだ。
メリットなんてあるの?
それはもう数多くのメリットが存在していますよ。まず周りから優しくされる、攻撃されない、僻まれない、気にかけてくれる。あとは、立ち止まっていられるから楽だという点ですかね。被害者意識でいた方が自分が変わらなくても済みますし、前に進まなくてもいい。免罪符のようなものですね。
けど今振り返ると、まさに私もそうだったぜ。幸せな自分になって幸せを失う恐怖より、不幸な自分であり続けた方が気が楽だったんだ。文句と愚痴だけ言ってればいいだけだったからな。自分自身と向き合わなくて済む。臭いものに蓋をしていただけだった。
あとは過去の動画でも話したが、自分の今までの頑張りや苦労をみんなに認めて欲しかったんだ。会った人全員に「私は苦労人で頑張っているんです」と理解してもらうためには、不幸な自分でいた方が都合が良かったからな。自分自身が自分の過去の頑張りを認めて肯定してあげることで、エゴが大人しくなったと言っていたわよね。そうだな。まずは過去または今の自分と向き合って肯定してあげることだな。
自分と向き合うことの怖さと、その先にある癒し
「自分となんて向き合いたくない、嫌な自分を見たくない、自分と向き合うのが怖い」。
なんでそんなに怖がるんだ?
イサさんの言っていた「自分を嫌いになりたくないから」、正解ですぞー。
感謝したくない、できない、「ない」ものばかりを見てしまうのは、自分の中の被害者意識が癒えていないサインだと私は考えているぞ。
自分自身に「今日まで頑張ってきてくれてありがとう。苦難を乗り越えてきてくれてありがとう。努力してきてくれてありがとう」と感謝を伝えてくれ。被害者意識を持っている自分でもいいと、自分自身にOKサインをあげてくれ。そして「どんなことがあっても私はあなたを嫌いになったりしないからね。どんなあなたであろうと受け入れるから、大丈夫だよ」と声をかけて安心させてあげてほしい。ですね。
エゴを愛することの本質 ― 自分を一番にすること
エゴを愛したら、欲しいものが入ってくるってこと?
実はその思考もまたエゴの声だ。
欲しいものを手に入れるためにエゴを愛そう、ではなく、まずは自分自身の幼い思考を癒してあげるために行ってくれ。
よく「自愛したら願いが叶うんですか」とか「エゴの声に気づきましたが、だから何なんですか、気づいたら願望が現実化するんですか」などと質問してくる人がいるが、そのような質問が出てくるということは、自分自身より願いの方が大切、自分自身より欲しいものの方が価値がある、願望の方が自分自身より優先順位が高いと言っているようなものだからな。自分はさほど大切ではない、自分にはさほど価値がない、自分は後回しでもいい、自分は優先順位が低い。その思考がそのまま現実化されているだけだ。自分が一番目に来ることが大切なのね。
自分より○○の方が大切な存在、自分より大切な存在ができたと感じている人もいると思うが、そもそも自分がいるからその○○が存在していることを認識できているわけだからな。自分がいなくなったら世界はそこで終わりだ。○○もいなくなる。
だから自分ありきの願望なんだ。願望ありきの自分ではない。世界は自分の思考が作っている、目の前の現実は思考の投影だという考えですね。願いが一番上位であり続けている限り、エゴにコントロールされていることになる。
まずは自分を一番に考えてみてくれ。これは自己中心的になれとか、厚顔無恥に振る舞えと言っているわけではないからな。
ついつい0か100かで考えてしまうのよね。何かと揚げ足を取る癖も直さないとね。
極端な考えや揚げ足を取るのにもメリットがあるんですよ。言い訳をして行動しなくて済むためです。相変わらず耳が痛いわね。
ありのままの自分を受け入れる
勘違いして欲しくないのは、「変わりたくない」とか「行動したくない」とか「楽したい」とかが悪い思考だと言っているんじゃないからな。
そうですよ。ただ「私はこういう思考を持っているんだ。持っている自分でも別にいい。だって人間だもの」と認めればいいだけなのです。
こんな思考を持っている私は情けないだとか、嫌いだとか否定していることがいけないだけですからね。あなた自身がダメなわけではないんですよ。
結局はそんな思考を持っている自分が許せないから、なんとか正当化しようとケチをつけているだけだと思うぞ。
ちなみに過去の私はそうだった。
きちんとありのままの自分を受け入れていれば正当化しようという思考自体がなくなるけど。
「ありのままの自分なんて認められないわよ。こんなダメな自分なんて認めたくないし受け入れたくないわ」。
まあ一気に変わろうとせずに一歩ずつ進んでいけばいいと思うぜ。変わりたくない時はそのままでいい。今はまだ変わる時じゃないってことだ。まずは休息してみてくれ。休むことも大切だからな。
そうね、私はまだ自分の嫌な部分と向き合いたくないみたい。今はエゴの声をただ感じて、観察してみるわね。
まとめ
- まずはエゴの声に耳を傾けて発見する。
- エゴの声に従うメリットを考えてみる。
- 自分自身の幼い思考を癒す。
- 自分ありきで物事を考えてみる。
以上がエゴの愛し方になります。