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「空を知ったら何がどう変わるの?」変性意識で欲しい現実が具現化した世界にどっぷり浸かる

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本文は約13810文字です

目次

1. 思考や感情は「波」でありエネルギー

  • 思い・考え・願いはWi-Fiのような目に見えないエネルギー(フォトン)
  • 自分が発する波と、周囲に漂う同質の情報の波が共鳴し、引き寄せが起こる。
  • 脳は受信機であり、「あ、そっか」というひらめきや納得が、その共鳴のサイン。

2. 空(くう)とは何か

  • お釈迦様の教え通り、一切のこだわりのない世界。何の限定もなく、あらゆる可能性が「重ね合わせ」の状態で漂っている場。
  • それは陰陽太極図・中庸・ゼロポイントフィールド・量子情報場と同じ。
  • 観測(=意識を向ける・決意する)までは波の状態。観測によって粒(現実)に収束する(=物質化)。

3. 欲しい現実を具現化する具体的な方法

  • ① 脳を空にする。
  • ② 変性意識状態で、欲しい現実がすでに叶った世界にどっぷり浸る。(その時の感情をありありと想像し、ニヤニヤするほど体感する)
  • ③ その状態をひたすら続ける。
  • 「今はまだそうではないけれど、あたかも実現しているかのように振る舞い、感じる」ことで、その周波数が先取りされ、同調した現実が引き寄せられる。

4. 善悪や正しさは曖昧で多面的

  • 空の世界では白黒はグラデーションであり、視点を変えれば欠点が魅力にもなる。
  • 「怖い」は「用心深い」に、「内気」は「謙虚」に、「のろま」は「慎重」に――すべてに裏表・多面性がある
  • 善悪の判断は育った環境や価値観で変わる。絶対的な善悪はなく、ただ「そういう現象が起きた」だけ。

5. 仮設定アプリの書き換えが不可欠

  • 不快な感情や繰り返す不都合な現実は、幼少期に入力された仮設定アプリ(古い信念・思い込み) が原因。
  • 根本のアプリを洗い出し、バグを修正し、好ましいアプリに上書き保存しない限り、同じ問題は繰り返される。
  • 自分の発する波の質は「どの階層にフォーカスしているか」で決まる(感情の22段階や仏教の十界をチェックすることが有効)。

6. 地球は行動の星

  • いくらイメージしても、家の中でじっとしているだけでは何も変わらない
  • 「これだ」と思った粒(ひらめき)に従って小さくても行動することが、現実変化の最後の鍵。実際に外に出たり、連絡を取ったりする行動が伴っていた。

7. シリコの実験とメッセージ

  • シリコ自身、空の仕組みを知らずに人生の闇を経験したが、脳を空にし変性意識で浸る方法を実践して現実が好転した。
  • 現在、遠隔瞑想で他者にも実験的に試し、良い手応えを得ている。
  • 「私はあなたをニヤニヤの世界にご案内します」――この仕組みを使い、より軽やかで幸せな現実を共に創っていこうという提案。

メッセージ

例えば「あれが欲しい」とか「このことが知りたいよね」っていう思いは、起きる出来事とか、それから出会いの元になると思うんです。原因ですよね、きっかけとかね。で、いつもそればっかりを思ってるわけじゃないんだけど、頭の端っこにその思いが置いてあるっていう感じでそのまま過ごしてると、それがまたたまたまの流れで「あ、これ」っていう風に目がつく。その時の「あ、これ」が物質化っていうことでもあるんですよ。

思いとか考えとか願いっていうのは、Wi-Fiのように目には見えないエネルギーです。それらはエネルギーだからこそ、何かを変化させる力があるんです。その何かは、例えば「今頃あの人どうしてるかな」でふと思ったらLINEとかメールが来たとか。それとか、「もう彼とは無理だよね、どうしようかな、しばらく距離を置いてみようかな、それとも別れちゃおうかな、でも別れるんだったらなんて言って別れようかな」って、ああでもないこうでもないって考えてるうちに、その相手の彼も彼女のそっけないそぶりから気持ちが離れているのをなんとなく察して、で他の女性に心は移っていたなんてことは日常茶飯事なわけですよ。で、場合によっては彼の方から別れを告げられるかもしれませんね。

また願うほどの、それこそ祈って願うほどの強い思いは、引き寄せの法則によれば叶うってこともあるよねって思ったりもしますね。思考とか意図とか意思とか、心で思うことは何かを動かすエネルギーってことだよねっていうことは、今日ここに集まる皆さんはそれを疑わないと思います。

じゃあそのエネルギーっていうのはどこにあるのか。

それはもう辺り一面です、そこら辺です。その人の目には見えないだけで、実はいろんなWi-Fiのような、電波のようなものが縦横無尽に飛び交っているってことですよね。で、それを私たちはふと察してるわけですよ。人っていうのは微弱な電気を帯びています。その電気の作用で内臓が動いたり、行動を起こすための筋肉に脳から指令を送ったりしてるわけですよね。で、思ったり考えたり、その感情の気分によって発する電気の質が変わってきます。だからリモコンでテレビやエアコンを操作するように、私たちも電波や電磁波を発信しているってことなんですよ。もうどこから出てくるのか分からないんだけど、こういう波々とした何か電波が発せられているってことなんですよね。で、この波々が、昔風な言い方をすれば霊、霊魂の霊ですね、霊っていうのかもしれないです。その電波とか電気っていうのは波の形やその波の幅とか高さでその質が変わってきます。その質の違いでテレビがついたりエアコンがついたり、あるいは虫の知らせがふっとよぎったりするんですよ。で、そういう何かを思ったり考えたりする時の内容が情報です。であるならば、この辺り一面にいろんな情報が飛び交ってもう蔓延っているっていうことなんですよ。だからそれがもし見えたらさ、うざいでしょうねって思うんですよ。で、そのそこら辺に飛び交う情報の波と、自分が発している波の質が合うと、同調し始めます。波のその振幅の調子が合うってことなんですよね。同調っていうのは調子が合ったからこそ、同じように振動が起きて同じように音が鳴ったりもします。これが共鳴が起きたっていうことなんです。

で、その様子が分かるのが、メトロノームの同調実験とか、その音の共鳴っていうワードでYouTubeで検索すると、何が起きているのか一目瞭然なので見てみてくださいね。で、この周りに漂う波と自分が発する波は共鳴が起きて、その反応を脳が認識した。大丈夫かな。その時起こるのが「あ、そっか」っていうひらめきとか納得なんですよ。なので脳は受信機なんですよ。

情報である思考や感情の元は何なのか。

それがシリコ風で言うならば仮設定のアプリです。そのアプリが起動してるからこそ、その質の周波数の波が肉体から発信されて、周りの同じ質の波と同調するんですよね。ここで仮設定のアプリって何だっけとなったら、後でまたそのオレンジ色の本読んでみてください。今夜はその空、空って何よっていう、そこまで空までお話を進めたいのでちょっとはしょりますよ。で、シリコの文章から発せられる波の質と、あなたの波の質が一致したからこそ、今ここに同席する流れとなりました。これを言い換えるならば、あなたの波がシリコの波を引き寄せたっていうことです。で、引き寄せの法則って皆さんご存知だと思いますが、それは自分と周りの波が同調して共鳴が起きた結果です。結果があるならば必ず原因がありますよね。その原因は何か。それが思ったり考えたり沸き起こった感情の波なんですよ。ならば、どうせ引き寄せるなら嬉しいこととか楽しいことを引き寄せたいよね。そう思うんですけれども。でも引き寄せっていうと、なんとなくたまたま遭遇したことのように私は感じちゃうんですよね。で、シリコは欲張りなもんですから、もっと確実に明確に引き寄せたいなってついつい思っちゃったわけですよ。そこで、実現させたいことを強くイメージする、この積極的アプローチを、シリコは情報場からお取り寄せするっていう風な言い方で勝手に思ってるというか言ってるわけなんですよ。

その情報場から欲しい現実をお取り寄せするその方法はどうやるの?

ちょっと難しいかもしれないけど、さらっと言ってみると、まず脳を空にする。で、変性意識で、欲しい現実が具現化した世界にどっぷり浸る。で、その状態をひたすら続ける。まず脳を空にして、変性意識でその具現化したその状態をありありと思って、その世界にどっぷり浸る。で、それをひたすら続ける。簡単に言えば、これがやること全てなんですよね。

さあ、ここでやっと空というワードが出てきました。で、今夜のテーマは「空を知ったら何がどう変わるの?」でしたよね。で、空っていうのは、どっかで書いた、そうだ、この青い空のこっちの方に書いてあるんですが、お釈迦様が教えてくださってる通り、一切のこだわりのない世界です。空っていうのはね。で、空の景色を理解して脳を空にするっていうことは、脳内を陰陽太極図のような景色にするっていうことです。ここまで大丈夫かな。陰陽太極図についてはオレンジの本の3冊目で詳しく書いています。それは、周りの情報場も実は陰陽太極図のような景色だよねっていうことです。で、これです。で、これがお釈迦様が説く般若心経の世界観を見える化したものを、シリコが勝手にしたものです。で、この世界観っていうのは言い換えると、これは空でもあり、陰陽太極図でもあり、中庸でもあり、さらにゼロポイントフィールドとか、アカシックレコードとか、量子情報場とか、唯識論で言うところの阿頼耶識が、シリコにとってはしっくりくる表現なんですね。で、それらにいろんな表現を言いましたけれども、ここに共通するルールは量子状態です。量子状態って何だっけってなりますが、それは、そうね、自分が発信するその電気とか電磁波って言いますよね。その電波にまとわりつくように磁気がまとわりつくようにしてるのが電磁波ね。で、それはフォトン、光子っていう素粒子なんですけども、それは粒と波の性質を振る舞います、ってことなんです。もうさっぱりわかんないですよね。それが粒なのか波なのかどちらなのかっていうのは、観測によって決まるんです。その観測っていうのは認識や決意でもあります。で、ここでまたもしお時間がある時に、YouTubeで量子力学とか、そうね量子力学二重スリット実験とかね、それで検索するとたくさんの解説動画が出てますので、それを参考にすると理解が深まると思いますよ。

話を戻しますと、観測するまでは周りに漂う要素は波の状態で漂っています。それはプラスかもしれないしマイナスかもしれない、かもしれないみたいな、すごい曖昧な、ただその可能性があるよねっていう、それを重ね合わせの状態って言うんですが、それは同時にパラレルの現実が無数に無限にあるよねっていうことでもあるんです。

その重ね合わせっていうことの理解を深めるためには、やっぱりYouTubeでいろんなプロの方が専門家の方が発信しています。シュレディンガーの猫っていうワードで検索すると、たくさんやっぱり分かりやすい動画が出ていますよ。ご覧になってみてくださいね。で、そこで、私たちが「こうしたい」とか「こうなりたい」とか「知りたい」とか「欲しい」っていう、その決意っていうフォトンを発したならば、そのフォトンは辺り一面の雲のような電子の波と混じり合い、絡み合い、もつれ合い、同調が起きて演算が始まります。この混じり合っているモヤモヤとした場は、次第に共鳴が起きて、この演算の雲、その雲のようなモヤモヤは次第に収束に向かいます。今までもやっとした可能性の波の雲がだんだんまとまり始めるよっていうことなんですね。で、あるタイミングでこれっていう決意が固まる。その途端にこのモヤモヤは、この可能性の波だったこのモヤモヤは途端にキュッと収縮して粒になるんです。この粒っていうのが現実化です。ですから量子状態っていうのは、見ていない、決意していない、認識していない時は波の状態。可能性で、こうかもしれないしああかもしれない、その可能性の粒々というかモヤモヤが辺り一面に、この辺にWi-Fiのように漂ってると思ってください。

自分がこうしよう、ああしようと決した強い思いを発する。そうしたらいつの間にか同調してモヤモヤが粒になる。そんなイメージです。で、この粒が粒になったっていうことが「現実化しましたよ」っていうことなんですよね。じゃあその現実化っていうのは何なのかって言うと、盲点に気づくとか、何かひらめくとか、アイデアが浮かぶとか、方法が分かるとか、そんなようなことです。

その何か「これだ」って思った粒のように行動するからこそ、現実が変わっていくんですよね。地球っていうのは行動の星だと知りました。つまりいくら願ったって、お家の中でじっと何もしていなければ変わんないよ、出会えないよっていうことなんですよ。だけどね、例えば「私はこうするんだ」っていう強い決意は、周りのその決意と同じ属性の波と同調して、周りの関係性になんか変化を与えて、起きる出来事の流れが変わったような現象が起きたり、何にもしないのに、それか導かれたって思わざるを得ないような流れになったりとか、あるいは人との出会いが起きたりしました。にしても、やっぱりお家の中でじっとこもってたら起きなかったね。何かやっぱり外に出るとか、たまたまちょっと思い立って電話してみるとか連絡してみるとか、何かの些細な行動がやっぱり伴ってましたね。

で、その今言った、自分が出した波に周りの可能性の波が同調して、モヤモヤもやっとして、それがまとまってきてキュッと粒になったっていう景色と似ているのが、まさに空の上の雲の中で、その中で吹いてる風とか気温とか水蒸気の量とか、その場の関係性が作用し合ってぶつかり合ったりして、しばらくすると水の粒になった雨になって降るでしょ。それがまさに引き寄せと同じだなって思ったんですよ。

で、さっき言いました、空っていうのは陰陽太極図でもあるし、中庸っていう言い方でもあるし、情報場っていう言い方もあるし、っていうお話をしました。で、その中庸っていうその空の世界では、全ての情報が可能性の状態の波で漂って、これって認識することである一つの出来事現象として決定する。これが物質化したっていう認識ですよね。それが般若心経の表現に変えるならば、波の状態を空といい、粒は物質を意味する色です。それが「色即是空、空即是色」ですね。空という波の状態は物質化を意味する粒でもあり、粒というその色でもあり、色、物質化の粒は同時にその波、可能性の波を意味する空でもあるよねっていうことで、それは表裏一体だよねって言い換えられるかもしれないし、陰陽両方あるよねっていうことかもしれない。で、この場合の認識や決定っていうのは、自分の世界とか宇宙とかいう表現ありますよね。それからパーソナルスペース、これについてはこっちに詳しく書いてある。パーソナルスペースについて、ちょっともしよかったらご覧になってみてください。で、その自分独自の場においての物質化なんです。ならば、自分の世界とか自分の宇宙で起きたことなんだから、自分の世界自分の宇宙は自分が主人公なんだから、とかよく言いますよね。その自分が主人公なんだから、自分がこれと決定すれば、それはもう自分の世界では自分は神と同じなんだから、もう正しいことなんでしょって思いたくなりますが、その利己的な傲慢さは私は通用しないと思うんです。

空の場をシリコは私は陰陽太極図で表しています、見える化しています。だからご覧のように黒白がパキッと区切られてるわけでもなく、実はね、実際はグラデーションになってるんじゃないかなって思うんです。で、私たちは地球の住人なので重力の作用を受けています。例えば重たいもの、硬いもの、冷たいものっていうのは下の方に行って、軽やかでしなやかで、温かみのある要素は上昇します。なんとなくイメージできますよね。で、シリコはその意識や感情もグラデーションでありながらも、でもかと言ってこういう風な綺麗な整ったグラデーションじゃなくて、もっと混沌としたマーブル模様なんじゃないかなって、なんとなくイメージしてます。なので、その重力の影響も受けてるので、その負のマイナスのような感情はやっぱりそこに沈滞し、そのプラスの感情は上昇する。

じゃあ、だけど何がマイナスで何がプラスなのか、それはその人次第なんですよ。その人の世界、宇宙次第なんですよ。だから実際は善悪の区別もなく、二元論の世界でもなく、マーブル模様で素粒子が舞うように、電子の雲のようなもやっとしたような景色がこうなってるんじゃないかなっていう風なイメージです。

で、これらの意味することは、例えばある一つのものとか出来事とか感情とか意識を、その視点を変えて見てみたら全く違う様子に見えることもあるよねってことです。だから黒い方から上を見たり、白い方から黒い方を見たり、こうやって見る角度を、色々同じ要素のことでもね、見る視点を変えてみたら違う風に見えたりするよね、じゃないかなっていうこの世界観ね。

例えばAさんの目には欠点と映ることが、Bさんには魅力に感じたりね。で、怖いって思うことは、怖いからこそ用心深いっていうことにもなったりとかね。それと、内気な性格は謙虚さにもなったりもするし、それとか「一人じゃ何もできません、お願いします」みたいな依頼心は、協力することについてはいい感じでできるよっていうことにもなったりとかね。で、本の中では、呑馬な亀を「呑馬」っていう風に表現するんじゃなくて、「慎重」っていう見方も捉え方もあるよねっていう風に書いたと思います。というように、全てには裏表とか、側面があるよねっていうことです。だから、じゃあだから何が本当は白なのか黒なのか、上は下でもあるしね。だからこそグラデーションであり、モヤモヤのマーブル模様で、まさに量子もつれで、般若心経の一切のこだわりのない世界観です。なんだ、イメージできてくるといいんだけどな。

この空である中庸っていうのは、こっちだ。やっぱりこの本の、この図、11番の絵なんだけれども、中庸の意味ね。同一線上のマイナスとプラスの真ん中にある0ね。この0っていうのはその中央の真ん中っていう意味じゃないですよ。で、この場合の0っていうのは、マイナス、例えば-5に、プラスの5をぶつけて相殺したような、まあ痛み分けのような結果の0です。ここが、この時は無です。無の状態、何もない。だけど、空である中の0っていうのは、マイナスの5とプラスの5の力がこうやって中和するんじゃなくって、保ったままその両方の等しい力が均衡してる状態ね。両方の力が同じ強さだからこそ、そこに実現される中和の静止状態です。だからこの場は無じゃなくって、プラス5でもありマイナス5でもあり、どちらかわかんないけど可能性の状態で、両方のエネルギーがここにあるよっていう場ですよ。これが中庸。

だから全てあるっていうことで、この中庸は陰陽の力が均衡した、全てある、無限にある。それらの要素が可能性の状態でこの辺に漂う世界がこれです。で、それがこの0がゼロポイントフィールドっていう意味の0なんですよ。だからこの同一線上のこの時の0は無だったけど、こっちのゼロは無限にある、全てある、ないものはない。無限。全然違うわけですよね。ここは重ね合わせの状態で、パラレルが無限に存在しますよっていう意味は、なんとなくピンときますかね。重ね合わせの状態ってのは量子力学の用語でもあるんだけれども。だからマイナスかもしれないしプラスかもしれないし、どっちかもしれないしどっちじゃないかもしれない、ただそういう可能性があるよねっていうのを、もうこのオレンジシリーズでいっぱい何度も書いてますよね。で、パラレルの状態が無限にあるっていうのは、例えばそれを選んだ世界観、選んだ時間がずっと続くのと、選ばなかったまた世界観がずっと続いたりとか、微妙に一度選んだんだけどやめちゃったがあるかもしれないし、いろんな可能性の世界観があるわけですよね。その可能性の世界観がパラレルと言って無限に存在しますよってことです。

となるとさ、善悪の判断も曖昧になってきますよね。まあこれ、この先の話はここに参加してくださる一部の方にはしたんだけれども、重なっちゃってごめんなさいね。その善悪の判断っていうのは、ここは全てあるわけなんだから、幸せとか嬉しいとかウヒヒの世界だけじゃないわけですよ。もう痛くて苦しくて死にそうみたいな、やだっていうような世界観も当然あるわけですよ。で、悪さもあるし、良さもあるわけですよ。だから、例えば桃太郎が退治した鬼は、お家に帰れば子煩悩の優しいパパだったかもしれないっていう風に、見方や場合を変えたら悪は善にもなりますよってことなんですよね。

で、最近、例えば今凶悪犯罪とか起きてますよね。去年起きたので気持ち悪いなと思ったのが、例えば北海道のススキノで、その精神科のお医者さんの娘が、首切っちゃいましたみたいな、あの、出会った女装している男性と仲良くなって、それで首切っちゃったみたいな事件とか。で、ついこないだはその中国の深圳で、日本人の男の子がお母さんの目の前でその男に刃物で刺されるっていうような事件がありました。私はそれを聞いただけでもう吐き気がしました。で、理解しがたい事件を知るたびにね、直接関係ないこの私さえも怒りを感じる。その感じる怒りっていうのは集合意識だと思うんですよ。関係ないけれど、自分とは直接関係ない出来事だけど、感じる思いは共通している。その多くの意識存在、意識存在、私もあなたも皆さんもってことですよね、が共通して持つ感情とか、最低限のルールは存在すると私は思っているんです。まだ、だから例えばモーゼの十戒のようにですよ。それが地球のルールであり、ビッグバンから今に至るまでの保存された情報場の共通した概念から外れるってことは、結果的にその場のバランスを取るっていうか、その情報場のルール、たくさんいっぱいあるわけじゃないけど、なんとなくその共通したムードがあるわけで、そこから外れたことっていうのは、外れた分バランスを取りますよっていうのが、その宇宙のルールだと思うんですね。だから振り子のように、こっちに振れたらこっちに振り返す。偏りすぎたら戻される。行きすぎても戻される。出したから入れられるとか入ってくるとか、これも物理の言い方すれば質量保存の法則っていうんですかね、よくわかりませんけど。まあこのように自然は必ず作用反作用でバランスを取っているよっていうのが、シリコが信じていることです。だからカルマを積んだから、その積んだカルマはいつかどこかで清算する流れに必ずなるんですよね。で、だからこの自分が今身を置く場に馴染まない不自然さっていうのは、例えば自分が醸し出しちゃったとか、あるいは他の人が煮えたぎらされたとか、そういう結果として、そういうのは裁かれるような流れに絶対になるよねって、私は周りの人を見ていても確信しています。最近ではね。

であるならば、まだこの陰陽太極図の世界観の話をまだ続けますけれど、要はこの世界っていうのは空の景色を今言ってますからね。で、だから悪、今までのことまとめると、善悪って曖昧だよね。なぜなら味方視点を変えたら白でも黒でも見えちゃうから、だから曖昧だよねっていうここまで話しました。

じゃあ今度は「許し」ってことも曖昧になるなって思ったんですよ。だから誰が誰を許すのか、誰が何を許すのか。原因は結果として刈り取られるっていうのが自然。そうやって自然はバランスを取るよっていうのがルールでした。で、じゃあさっき言ったその首切っちゃった事件とか、理解しがたいその事件の犯人たちは、罪を犯す下地のような理由が必ずあったんですよ。例えば犯人が違う環境で育ったらば、その事件を起こさなかったかもしれないし。自分が持つ正しさとか価値観っていうのは、もしかしたら国が違えば変わるかもしれないし、テロを起こした人たちは、自分が信仰する宗教の教えを基に、それを自分は正しいって信じているからこそ、その爆破テロ、自爆テロを起こしちゃうんじゃないかと思うんですよ。であるならば、ついこないだの中国での男の子が亡くなった事件ね、あれはその犯人が反日教育を受けていたからこそ、敵国である日本人の子供に手をかけたことで、過去に同胞が受けた苦しみに対する復讐を実行したのかもしれない。この目線も陰陽太極図の黒い部分なんじゃないかなって言えることです。犯人は無知だったからこそ、あるいは間違った教育を受けたからこそ、その他者目線っていうか、こっちから見たりあっちから見たりっていう、そういう多点で見るとか、相手目線で考えてみるとかっていう感性を持てずに、だからこそ罪悪感すら感じずに犯罪行為に及んでしまったのかもしれん。犯人の育った家庭環境とか幼少期の状況を知ってみなければ、善悪すらわかんないわけですよ。間違った教育を施されたがための歪んだ性格になってしまったのかもしれない。様々な縁、ね、縁の関係性の絡まり合いの結果起きてしまった事件の数々に、登場人物分だけの理由があるってことですよ。これが空で、全ての善悪とか条件も全てのだから、いいだけじゃなくって善悪全てが、いろんな条件全ての条件があるっていうのがこの世界観なんですよ。その目線が、その空の奥行きでもあるわけですよ。

その中国の話とかテロの話とか遠い話をしてしまったけれども、じゃあ私たちで言うとどういう事情か理由かって言うと、例えば幼少期、子供時代、私たちっていうのは周りの親とか先生とかに、自分が身を置く環境で生きる術みたいなものとか、こうしたらいいよ、ああしたらいいよ、こういう時にはああやるんだよ、こうやるんだよ、こういう風に思うんだよとか、親の価値観とか好みまでもう入力しちゃうわけですよね。それが理由ですよ。

で、それは人によって地域によって、その入力する内容っていうのは様々なわけですよね。何がいいか悪いかっていうことでもないし、地域によってこっちの地域では良しとされていることは、こっちは違う習慣だからよろしくないっていうことにもなりうるわけでしょ。このように、パシッと白黒とか善悪っていうのは、つけるのは簡単ではないよねっていう風に、シリコはいろいろ考えていって、周りのニュースとか聞いたり見たりしてるうちに、パシッとこうやって分けられないよねっていうことに気づいたんですよね。で、人の心の奥行きとか、たまたまの時間の流れとかタイミングとか、時代背景とか、地域とか宗教観とか道徳観とか価値観とか、いろいろあるけれども、それらがもう重なって絡み合ってもつれあって、何かの出来事が起きた。ただ起きた現象。いじめの事件も、あるいは賞賛される出来事もまた起きて、そこに何の意味もなくて、ただ周りの要素、関係性がこう絡み合ってうまく物質化した。そのうまくが、うまくなのか不運なのか分からないけど、物質化した。ただそういう現象が起きたってことなんですよ。

幸せや成功の定義って言うと、白い領域ばっかりじゃなくって、全て情報のその可能性がある場なんだから、空っていう意味を体現っていうのはね、その場っていうのは、誰が何を望もうが、それは望んだことは多様性の一つで、何の意味もなくて、ただ、こう望んだこと。それはいいも悪いも、優れてるとか劣ってるとか、美しいとか醜いとか、正しいとか違うとか、尊いとか卑しいとか、そういう二元論じゃなくて、両方あって、片っぽだけじゃなくって必ず両方ペアで、それは無限大なんだよっていうのが陰陽太極図の世界ね。

だからその人にとっての正しさっていうのは、誰かの正しさは私の正しいことではないし、私の正しいっていうことはあなたの正しさでもないわけで。で、そのさっき言ったグラデーションの位置によってはね、それこそ本当に悪魔のような根っから悪い人みたいな人も、そこの方には黒い領域にはいるんですよ。で、このように陰陽太極図の景色はグラデーションでもあり、洋菓子のミルフィーユってありますよね、層になってる。そのミルフィーユのような階層になっているイメージです。

じゃあ自分はどの階層と今繋がってるのかってことを、常にチェックすることが大事だと私は思っています。今、自分の感情とか思考はどの階層の要素に着目してるのか。いっぱい言葉が書いてありますよね。どの、まあこれ以外にも無限にありますよ。このどの要素に着目してるのか。その着目する、注目する、フォーカスする、フォーカスしているその要素にポイントに、こうやってじっと見ることでフォトンは照射されるので、つまりエネルギーはそこに注がれるんですよ。

で、じゃあどこの階層に今自分がフォーカスしているのかの目安っていうのが、感情の22段階とか、それでググれば表が出てくるからね。それの、理想は7以上かなって思うんですが、22段階中の7以上が理想だなって私は思うんですね。それとか仏教思想の十界っていう思想があるんですが、それは唯識論で言うとやっぱり阿頼耶識とかね。それから十界で言うと、全部忘れちゃった、人間界とか阿修羅界とか鬼界とか、十段階に人間の心の状態、人格とかが分類されるわけですね。

今どこにいるんだろうだっていう風にチェックすることって大事だと思うんです。なぜなら、その段階のその意味によって出てくるフォトンの質が変わるか。自分が発信してるフォトンの質と同じ属性の要素が、この周りの要素が共鳴して渦ができ、しばらくするとまとまって収束して粒化するわけでしょ。それが現実化なわけでしょ。だからつまり、自分が白い領域ならば白い領域の要素たちと物質化し、自分が例えば邪悪な発信をしていたら周りに漂う邪悪なものと共鳴しちゃって、それと同じ要素の出来事が起きちゃうわけですよ。だから陰陽太極図の、どこの何を選んで決定するかっていうのが大事で、その基準が自分が信じているルールとか概念とか記憶がしますよってことです。

時間ちょっとオーバーします、頑張って皆さん残ってください。だからこそ、不要な仮設定アプリは洗い出して、バグは修正して、新たに好ましいアプリとして設定し直す。これがとても重要ですって、口を酸っぱくしてシリコはいつも言ってるわけですよ。根本が変わらない限り、同じような不都合なことは繰り返しちゃうんですね。なぜなら、使い古された不快で不要なアプリは、上書き保存しない限り、変更しない限り、修正しない限り起動しっぱなしなんだから、ずっと続いちゃうわけです。で、自分が白い領域の世界を望むなら、現実がまだそうでなくても、その領域の周波数を先取りして、それが今は違うけど、あたかも今それを実現して体現している、具現化しているかのごとく、その時の感情を想像して妄想して、その思考の世界観、その世界観に浸る。それがその時の自分が変性意識で。で、それについては空のあと、これで詳しく述べてます。で、この脳を空にして変性意識状態で、欲しい現実を空想妄想してニヤニヤして浸る。これをシリコは一人でやってきたんですよ。で、そこで面白いことが起きてきた。え、そうなんだ、とか、まるで導かれたような、ここに導かれたんですけどね、そんなようなことが起きて、欲しいなって思ったものが手に入っちゃうとかね、そんなことが起きたのでね。じゃあ、今まで一人でやってきたけど、他の人も同じになるのかなと興味がふと湧きまして、6月から3人の方に月2回お集まりいただいて、遠隔瞑想しながらシリコが今までやってきたことを実験的に試してもらってねっていうことを今やってるんですね。で、最近になってだいぶいい感じの手応えが起きてるので、あ、面白いなって感じてるところです。なのでね、空の遠隔瞑想をしながら、その変性意識状態で仮設定のアプリを洗い出したり、例えばインナーチャイルドの癒しっていうのは必要だったりとか、興味があったり関心があったりするなら、やってみたりとか。その、この周りの情報場にアクセスするっていう、そして情報場からお取り寄せするっていう、遊び的な実験も、また人数がもし集まれば新たに時間を設けてみたいなとも今考えています。

シリコはしばらく、60年過ぎましたけれども生きてみて、幸せな時期もありました。で、打ちのめされるような体験もしてきました。人生の闇に迷い込んでしまった時は、本当に何もできずに、ただ息するだけの毎日でした。なぜなら空の仕組みを知らなかったからですよ。この宇宙の仕組みと言いますかね、地球の仕組みって言いますかね、精神世界の仕組みと言いますかね。教えてくれる人もいなかったし、これだっていう情報にもなかなか巡り合えなかったんですよね。で、そういう人の苦しみっていうのは、その人それぞれですけれども、根本は同じだと思っています。何か思いとか考えとかが、思ってるその通りなりの波が、こうやって出すともなく漂ってしまって、それが周りの可能性の要素とこう同調しちゃうから、そのフィードバックとして、そのまんまの状態状況が、出来事が繰り返されちゃってたわけなんですよね。もう、早く言って教えてよと思いました。

参考:https://youtu.be/lBmDJOF4riM

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この記事を書いた人

使える本物の情報を探す旅をしています。アタマは理系ですが、スピリチュアル的なことや非科学的なことが何故か好きでネットや本で調べています。世界は広く、まだまだ知らないことがたくさんあります。

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