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「自信がない」と言うブロックは消滅します。

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小林氏は、「自信」という概念そのものが社会によって作られた幻想であり、人々を縛りつける洗脳的な考え方であると説きます。

目次

核心的なメッセージ

  • 「自信がある/ない」は後天的に作られた概念であり、実体がない。
  • 本当に重要なのは「自信」の有無ではなく、「やりたいかどうか」という意欲と、そのために「方法を探し続ける」という行動である。

従来の考え方(過去の自身の発信)
自信 = 知識 × 経験
→ 自信がないなら、知識をつけ、経験を積むべき。

現在の考え方
「自信」というフィルターを通すのをやめる。
→ 判断基準は「やりたいか/やりたくないか」「できそうか/できなさそうか」(という事実ベースの観測)だけにする。

「自信がある」と言う人も
その正体は単に「過去に経験があるから慣れている」だけであり、能力の有無ではない。

成功に必要なもの
成功や目標達成に「自信」は不要。
必要なのは「必ずやるという意欲」と「失敗しても方法を探し続ける姿勢」。

具体的なアドバイス

  1. 「自信」という言葉を脇に置く。
  2. 「やりたいかどうか」や「無視できない感覚(ワクワク、ざわざわ)」を選択基準にする。
  3. 方法が分からなければ、調べ、聞き、練習する。
  4. 感情の動き(ワクワク、ざわざわ)を手がかりに、恐れずに一歩踏み出してみる。

まとめ
「自信」の幻想から解放され、自分の感情や意欲を羅針盤にして行動することで、人生は軽やかになり、本当の可能性と能力が開花していく。

「自信がない」と言うブロックは消滅します。

どうも、小林です。今日は自信をつけたいと思っている人に向けて、ちょっと変わった視点からお話しします。この話を全部聞くと、「もう自信がないとかあるとか、そういうのどうでも良くなっちゃった」「もっとふわっとした感じで、やりたいからやってみようとか、やりたくないからやらないとか」そんな風に、自分の人生が軽くなっていくと思います。

以前、自信について発信したことがあります。2013年頃、私が1度目に情報発信をしていた頃ですが、その時も自信をつけたいという話があったので解説しました。当時言っていたことは、「自信とは知識×経験だ」と伝えていました。「自信がないなら知識をつける。それによって選択肢も増える」「自信がないなら経験を積む。それによって自分がどこまでやれて、どこまでやったことないかが分かります」と。確かにこれは分かりやすいです。「役に立ちました」というコメントもたくさん頂きました。

ですが、今の私が話す今回のテーマは、「自信」というものをそのまま疑ってみると、その存在自体が幻想なんじゃないかという話です。これはマインドセットの話ではなく、もっと根本的な、人間の感じ方・生き方・現れ方の話として、「自信」というものをもう一度疑い、ちょっと哲学してみるような感じです。

そもそも自信って何なのか。まず最初にお伝えしたいのは、「自信がある」「自信がない」という言葉はある種の思い込みであり、洗脳でもあると思っていることです。これは後から人間が社会の中で作った言葉です。元々「自信」という概念がなければ、私たちはただ「やるかやらないか」「できるかできないか」、そうやって判断するだけです。だけど社会の中で「自信」という言葉が、まるであるべきもののように扱われてしまっている。これが実は多くの人を縛っている「自信」というものの正体なんじゃないかなと思います。

で、私自身は、自分のことを信じていません。全然信じてないです。だけど疑ってもいないんです。つまり、「これはできそうだ」「これはできなさそうだ」という判断を、ただ今この瞬間にしているだけです。それは過去の履歴・経験・感覚に基づいた観測ですね。自分自身をちょっと俯瞰して見ている感じです。それに対して過剰に期待するでもなく、不安に襲われるでもなく、ただの事実として今どうなのかを見ている感じです。

とはいえ、「自信があるよ」って言ってる人の方が生き方楽そうじゃないですか。だけれども、あえてここは「自信がある」というものに関しても幻想であると、ばっさり切りたいんです。自信があると言ってる人も、実はその根拠のほとんどが「過去にやったことがある」「できたことがある」っていうのに過ぎないんです。経験があればなんとなく「こうできるな」と思えるし、経験がなければ「うん、どうなるだろうか」といって不安になったり心配をする。でもそれは能力があるないとかではなくて、ただ慣れてるか慣れてないかの違いでしかありません。それを「自信があるとかないとか」という言葉で片付けるんだったら、そもそも「やったことがあるかないか」「できそうかできないか」それだけなんです。やっぱりそこに「自信があるとかないとか」という実態はないんです。

成功するとか、達成するとか、それが全てじゃ全然ないんですけど、自信があるとかないとかっていうのは結局、何か目の前の物事に対して「やってみようかな」「あるいは無理かな」とか、あるいは「誰かのことが好きになった」「自分のことも好きになってもらいたい」「アプローチしていく」「でも自信がないな」とか、そういうことってあると思うんです。やっぱり何か目の前に対して目標だったり達成したい出来事がある時に、「自信」っていうものが邪魔になったりすると思うんですけど、そもそも成功とか達成に必要なのって全然自信じゃないんです。

イメージすると分かると思いますけど、例えばあなたが何か目標を達成したいと思ったとします。その時に誰か、インタビューするような人があなたに対して「あなたはその目標を達成する自信がありますか?」そう聞かれたとします。その時どう思いますか?私自身は「変なこと聞く人だな」って今は思うようになっちゃってます。なぜなら「自信」っていうものは洗脳であり、実態のないものだと思っちゃってるからです。

実際に、目標を達成していく人、成功していく人をなんとなく想像すれば、こういうんじゃないかなって思えるんです。「あなたは目標を達成する自信がありますか?」そう聞かれた時に、本当に達成する人・成功する人ってのは、「いや、自信があるとかないとかじゃなくて、必ずやろうと思ってます。方法は絶対にあるし、失敗してもそこから学んで諦めないでやり続けようと思います」って言うことなんです。つまりそれって、自信があるとかないとかではなくて、結局はそれを達成するための意欲があるのか、そして何を選択するのかっていうだけの話なんです。

逆に「自信がない」って言って足が止まってしまう人っていうのは、その言葉に支配されて動けなくなっているんですね。でも実態はないんです。「自信」なんて。そもそもあるのも違う、しないのも違う、それが「自信」っていうものの正体だと私は思ってます。そう、本当に大事なのは「自信があるとかない」じゃなくて、「やりたいかやりたくないか」「それに向かって自分が動けるか」「目標を達成するための方法を探し続けることができるか」ってことなんです。

例えばこういう話をすると、極端な話で、「私は病気でね、体があんまり動きません」とかっていう人もいると思います。それは物理的な制限ですから、私もそれを聞いて「あ、それは大変だな」って思いますよ。だけれども、病気で体が動かないという人でも、その自分でどう生きるかを探して行動することはできますよね。自宅で仕事を探すとか、情報をインターネットで調べるとか、小さな一歩を踏み出す。そこには自信なんて関係ないんです。あるのは「やるかどうか」だけなんです。

今まで「自信があるからやった」「自信がないからやらない」っていう人は、この話を聞いて、受け取るセンスが敏感な人は「確かに」って思う部分があると思います。だけれども、実際に「自信」っていうもので動いていた人っていうのは、「じゃあこれから私どうやって動いていこうかな」なんて思う人がいるんですけど、そういう方にアドバイスしたいのは、「これからは感情の動きを見るようにしてみてください」。例えばそれはワクワクするとか、あとは逆の部分で、「なんとなく怖いな」とか「ざわざわするけどなんか無視できない」っていう感覚。その感情の動きが起きているところに必ず新しい自分の可能性、新しい可能性が出現するヒントがあります。つまり、「できるかできないか」とか「やりたいとかやりたくないとか」、そういう感情が交差した時に、自分の中で強い意思っていうものが生まれる可能性があるんですね。で、そこに飛び込んでしまうっていうことによって、人が何かを超える一歩、新しい自分に出会える、新しい可能性が広がる、自分と出会える、そういう一歩になるんです。

では、今すぐにできること。

  1. 「自信」という言葉を1度脇に置いてみる。
  2. 「やりたいかどうか」で選んでみる。あるいは「やりたくないなと思うんだけど、なんか無視できない」「ざわざわする」「なんかここにあるんじゃないかな」「やってみようかな」という気持ちになるかどうか。
  3. やり方が分からなければ調べる、聞く、できるようになるまで練習をする。
  4. その1・2・3のステップをしながら、自分の感情がさらに動くところ、「ざわざわするところ」「ワクワクするところ」、それを自分で感じ取って、そこに次の扉があるという風にして、踏み込んでいくってことですね。

まとめますと、「自信がある・ない」これは幻想です。自信なんてものはそもそも存在していません。私はそう思ってます。あるように思ってしまうのは、そうやって教え込まれて、自分がそれに対して「自信があるかな」なんてこと、小さい頃から考えさせられてしまったからであって、そもそも「やりたいかやりたくないか」「できそうかできそうじゃないか」、ただこれだけです。「できそうじゃないけどやってみたい」って言うんだったら、調べる、聞く、練習する、これをやるだけなんです。

私たちが見るべきなのは、今何を感じているか、やってみたいのかどうか、無視できない何かがあるのか。そこに立った時に、自分自身の本当の可能性に気づく。そして自分自身の能力がどんどん開いていく。こういう可能性が開けてくるので、もうあとは踏み出しちゃえばいいよね。そして「できるようになるまで」やればいいよねっていう話なんですね。

はい、いかがでしたでしょうか?何か感じること、あるいは何かの決意だったり、コメントしていただくと嬉しいです。返事は基本的にできませんけれども、皆様どうぞこれからもよろしくお願いします。それでは失礼します。

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この記事を書いた人

使える本物の情報を探す旅をしています。アタマは理系ですが、スピリチュアル的なことや非科学的なことが何故か好きでネットや本で調べています。世界は広く、まだまだ知らないことがたくさんあります。

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