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自愛『愛しています』と自分に言って抱きしめてあげたら、体調不良が消えた

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若いころには全く病気なんてしないものだと思って元気が当たり前だったのが、体力の衰えから色んな部分が不調になってきます。

年齢を重ねていくとはこういうことなのかな?と考えたりもします。

背中の背骨の近くに鈍い痛みがずっと続いていて、神経が圧迫されているような敏感な感じがあり体が思うように動かせなくなってきていました。

運動不足など周りにはいろいろ言われますが、運動できるような状況でもなく、そもそも運動不足と言われるほど怠けた生活もしていません。

タバコを止めたり、コーヒーを止めて、ハーブティーに変えたり、腕ふり運動をしたり、ネットで色々調べては試してもなかなか改善ません。

背中の痛みは、痛みというより凝りがあってそこをトリガーポイントをほぐすボールを使ってゴリゴリほぐすと少し良くなります。

人に背中をさすってもらうだけでも、スーッと抜けていく何かを感じます。

たまっている邪気が抜けていく、そんな感じもありました。

そんな時、ふと、自分を愛してあげていないのではないか、内なる自分が悲鳴を上げているのではないか、と思うようになりました。スピリチュアル界隈では、自愛という言葉が出てきます。自分を愛して、すべてを許してあげなさい、とよく言われます。しかし、言葉ではわかっても実際に自分を愛するというのはピンと来なかったのです。

『自分を愛する』の自分は、それを今考えている自分ではなかった。もう一人の自分がいるのだとふと感じたことがあります。そのもう一人の自分を今まで無視してきました。カラダの悲鳴はもう一人の自分の悲鳴だったのかもしれません。カラダのことばかりケアしようとして、その原因をつくっているもう一人の自分にまで思いがいかなかった。

それに気が付いて、内なる自分に向かって愛しているよと言ってあげて、カラダを抱きしめてあげると、体の痛みや不調は消えていったのです。愛しているという言葉を使う機会が日本ではあまりないかもしれません。しかし、内なる自分に愛してると言ってあげる、そうすると何かが変わる気がしました。

体も軽くなり、やっとよくなったなと思ったのもつかの間、半年ぐらいでまた同じような症状になりました。

また、自分を疎かにしていたのですが、その時は前回と同じように愛していると言っても痛みは治りませんでした。単にテクニックとして愛していると言っていただけだからです。

もう一人の自分が何かを伝えたいということに気が付いてあげること、そして気にしてあげること、愛していると言ってあげること。

そうすることで、また痛みは和らいでいく方向に進みました。

自愛のテクニックで、自分を抱きしめて、愛していると言ってあげなさいとよく聞きます。まさにそれだったのです。頭で考えている自分とは違う、もう一人の自分を抱きしめて、愛してあげてください。

もう一人の自分について思うことがあります。

もう一人の自分こそが本当の自分であり、頭で考えている自分はその一部でしかないのではないかと思います。本来の自分から分離してしまったエゴの自分が本来の自分とふれることで、癒されるのではないかと思います。

人は、自分というものを頭で明確に認識していると思っている生き物です。よく自分が○○をしたと言い張ります。しかし、実際には外部からきっかけをもらってエゴが反応しているだけです。きっかけをもらっているだけなのに、すべて自分が決めて、自分で考えて行動していると思うからエゴが独りよがりになり、本来の自分から分離してしまう。

反応している自分はいったい何に反応しているのでしょうか?

おそらくそれはもう一人の自分なのです。

よくすべては自分だったという話が出てきます。その自分というのは頭で考えている自分ではありません。その自分以外の全てのことだと思います。頭で考える自分はもう一人の自分のちっぽけな一部なのです。そのもう一人の自分は果てしなく大きい。

瞑想をして目に見えないセカイとつながる、とよく聞きます。その時に、宇宙をイメージしますが、実は『そこ』は自分の中にあるもう一人の自分とつながることなのではないかと考えると、腑に落ちた出来事でした。

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この記事を書いた人

使える本物の情報を探す旅をしています。アタマは理系ですが、スピリチュアル的なことや非科学的なことが何故か好きでネットや本で調べています。世界は広く、まだまだ知らないことがたくさんあります。

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